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高野長英築造の台場跡

高野長英築造の台場跡

歴史・文化

県指定文化財 史跡

深浦湾の南西端に突き出た天嶬鼻の断崖上に、高野長英の設計にかかる砲台(台場)跡がある。海面から約20mの小台地にあって、広さ33アールの平坦地に、高さ1~1.5mの石塁を築き、大砲2門を構えていたようである。

幕末、各藩は海岸防備のため、要害の地に砲台を築造した。藩軍備の近代化に取り組んでいた宇和島藩第8代藩主伊達宗城は、蘭学書の翻訳と軍事研究のため高野長英を招いた。長英は名を伊藤瑞渓に変え、オランダ兵学研究、翻訳、著作にたずさわり、『砲家必読』『三兵答久知機』『知彼一助』等の翻訳を行うとともに、藩の求めに応じてこの砲台の設計を行った。長英は嘉永2年(1849)、わずか1年あまりで宇和島を去るが、砲台は同3年5月頃完成した。当初は2門のシャクリウチ砲(火縄使用)であったが、後に鵞管(雷管)打ち砲に改良された。

平成元年(1989)11月、宇和島伊達事務所で、長英自筆の「砲場土図」や「久良砲台絵図」など多数の砲台場関係資料が発見された。それによると、試射の結果、10発中9発が標的近くに命中しており、優秀な砲台であったことが分かった。

高野長英築造の台場跡

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