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御荘陶祖九治兵衛の墓

御荘陶祖九治兵衛の墓

歴史・文化

町指定文化財 史跡

「御荘焼」は藩政時代より御庄郷で焼かれた磁器で、窯の所在地によって長月焼、緑焼、シャカダバ(豊田)焼、また陶工の名によって久治兵衛焼、喜内焼と呼ばれていた。この御荘焼を本格的に始めたのが久治兵衛である。

久治兵衛(文政3年~明治33年)は藩命により久谷で修業し、天保9年(1838)より長月で本格的に磁器生産を始めた。その後、緑一木谷に、ついで岡に移った。この頃の作品は「久治兵衛焼」として知明治に入り、久治兵衛は富岡喜内と改名、富の窯印はその後の彼の作品である。

後に岡窯は弟子の早崎にゆずり、甥の稲田峰三郎と共に豊田(シャカダバ)に窯を築いた。
久治兵衛の墓は、緑の智恵光寺にあり、表に「陶成軒広誉済雲全教居士」、横に「緑陶器元祖富岡喜内墓」とある。

御荘陶祖九治兵衛の墓

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