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れきし

あいなんのしせき

平城貝塚(ひらじょうかいづか)

平城貝塚(ひらじょうかいづか)は、「平城式土器(ひらじょうしきどき)」という「標式土器(ひょうしきどき)」で全国的(ぜんこくてき)に知(し)られた、3500年前(ねんまえ)の縄文後期中葉(じょうもんこうきちゅうよう)の遺跡(いせき)です。
土器(どき)の外(ほか)には、完全体(かんぜんたい)を含(ふく)む多(おお)くの人骨(じんこつ)と、石器(せっき)・骨角器(こっかくき)・獣骨(じゅうこつ)・魚骨(ぎょこつ)・植物種子(しょくぶつしゅし)など、多(おお)くの出土物(しゅつどぶつ)があり、全国(ぜんこく)でも出土数(しゅつどすう)の少(すく)ない織物片(おりものへん)や、貝笛(かいぶえ)(装身具説(そうしんぐせつ)もあり)といっためずらしいものもあります。
また、住居跡(じゅうきょあと)だと考(かんが)えられる遺構(いこう)も発見(はっけん)されています。

高野長英築造(たかのちょうえいちくぞう)の台場跡(だいばあと)

湾(わん)の南西端(なんせいたん)に突(つ)き出(で)た天嶬(てんぎ)の鼻(はな)の断崖上(だんがいじょう)に、高野長英(たかのちょうえい)の設計(せっけい)した砲台(ほうだい)(台場(だいば))跡(あと)があります。
幕末(ばくまつ)に海岸防備(かいがんぼうび)のためにつくられたもので、はじめは2門(もん)のシャクリウチ砲(ほう)(火縄使用(ひなわしよう))であったが、のちに鵞管(がかん)(雷管(らいかん))打(う)ち砲(ほう)に改良(かいりょう)されました。
試射(ししゃ)では、10発中(ぱつちゅう)9発(はつ)が標的近(ひょうてきちか)くに命中(めいちゅう)していて、優秀(ゆうしゅう)な砲台(ほうだい)だったそうです。

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